北北海道を牛柄トラックで駆ける牛削蹄所。菅原道北削蹄所のオフィシャルサイトです。

~牛肉食の歴史~


◆牛肉食の歴史◆
牛と人間の関わり合いは、先史時代までさかのぼることが可能です。石器時代の壁画に牛を描いたと思しきものがありますし、また、牛を労働力として活用し、崇拝する文化は、地中海やアラビアなどに色濃く残っています。「幻の大陸」と呼ばれるアトランティスも、牡牛を崇拝する文化を持っていました。アルファベットの「A」の文字は、財産としての牛の角を表した文字であったとも言われています。
ただ、この動物を崇拝するばかりで食べていなかったのかと言えばそんなことはなく、3000年前には既に古代エジプトで牛を食用として扱う文化が始まっていたと言います、当時の壁画に、牛を解体し食べる様子が描かれたものがあります。恐らく、それ以前にも、牛を生け贄として、あるいは珍味のたぐいとして食べる文化が発達していたのではないかと思われます。

◆日本の牛肉食◆
日本でも、2000年前には牛を殺して食べる文化が既に存在していました。当時の日本人は意外に肉に対して旺盛だったようで、貝塚からは牛のほか、イノシシ、ウサギ、鹿、サル、イルカなどの骨が見つかっています。
ものの本によると「日本は仏教国だったので、人々は牛肉を食べることはなかった」と書かれていますが、それは厳密に言えば間違いで、決して表立った形ではありませんが、牛肉食そのものは、仏教伝来後も連綿と続けられていました。
それが転換したのは7世紀に入ってからで、このころから日本は突如「肉抜き」の文化へとシフトするようになります。西暦675年(天武天皇のころ)には初めての肉食禁止令が出ていますし、同じく741年(聖武天皇のころ)には「牛馬を殺した者は杖で百叩きの刑に処す」という命令が発布されています。
こうした命令が出るようになった背景には、仏教が政治権力と結びつくようになったことが関係しているのかも知れませんが、それ以上に、農業が発達し、あえてたんぱく源を肉に頼らなくても済むようになったことの方が大きいのではないかと思います。
ただ、完全に牛肉食を駆逐することはできなかったようで、さまざまな形で肉食そのものは続けられました。安土桃山時代に日本へ来たポルトガルの宣教師ルイス・フロイスも、「僧は表向きは肉など食っていないと言っているが、裏では結構食っているらしい」と書き残しています。

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byRIMU

2018-7-6 Category コラム, 牛コラム | Leave a Comment

スタッフ勉強会を開催しました。



今回のスタッフ勉強会では、2級認定牛削蹄師資格取得者を対象に勉強会を行いました。

2018-5-4 Category コラム, 当社 | Leave a Comment

平成30年度 北海道牛削蹄師会 通常総会開催

平成30年度 北海道牛削蹄師会 通常総会開催

平成30年4月25日(水) 札幌のTKPガーデンシティーにて行われました。
総会前の削蹄研修会では、『蹄底潰瘍の原因に追る。蹄骨沈下説は本当か?』と題しまして、
NOSAI道央 留萌統括診療所長 獣医師 石川 高明 様より講演がありました。
総会後には江別市の久津間装蹄所 久津間 義一 氏が平成29年度北海道産業貢献賞(家畜衛生等功労)受賞されましたので祝賀会が行われました。 
フォトで様子をお伝えします。


































by Rimu

2018-4-26 Category コラム, 削蹄師会 | コメントは受け付けていません。

~ヨーグルト学~



ヨーグルトは古くから親しまれてきた乳製品
ヨーグルトは、乳に乳酸菌を加え、発酵させた乳製品です。紀元前数千年、人間が牧畜をはじめた頃から作られています。
原料は、牛乳だけでなく、水牛、山羊、羊など哺乳動物の乳が使われます。牛乳、水牛の乳から作るインドの「ダヒ」、馬の乳から作るモンゴルの「クーミス」など、世界各地で特色のあるヨーグルトが食べられています。

この「ヨーグルト」という言葉は、古代トルコの「乳から作った酸っぱい発酵乳」をさした「ユーグルト」が語源になっています。

日本でヨーグルトは、「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」で、種類別「発酵乳」とされていて、成分の規格は、無脂乳固形分(牛乳から乳脂肪分と水分を除いた成分)が8.0%以上で、乳酸菌数または酵母数が1000万/ml以上と定められています。

さまざまな特徴をもつ乳酸菌
ヨーグルトを製造する上で、なくてはならない乳酸菌は、糖類を分解して多量の乳酸などを生成する細菌の総称で、1857年にパスツールによって発見されました。
乳酸菌は、広く自然界に存在し、人や動物の消化管にも生息しています。みそ、しょうゆ、漬物、チーズなども乳酸菌の働きを利用して作られています。
ヨーグルトの製造に使われている乳酸菌は、ブルガリア菌、サーモフィルス菌、ビフィズス菌、アシドフィルス菌などです。
乳酸菌の種類ごとにさまざまな特徴をもつため、乳酸菌の組み合わせ方により、製品ごとに風味や味、機能などが変わってきます。

ヨーグルトの乳酸菌による効果
乳酸菌には、いろいろな効果がありますが、代表的なものには、次のようなものがあげられます。
(1)整腸作用…消化管の有害菌を抑え、菌叢(きんそう)を正常にする。腸内腐敗を抑える。消化管の運動 を促進して便通を整える。
(2)消化吸収の促進…牛乳を乳酸発酵することにより消化吸収を促進する。
(3)免疫力を高める…病気に対する抵抗力をつける。
(4)アレルギー症状をやわらげる…花粉症など。

また牛乳を酸性にすることで保存性を高め、風味を高める効果もあります。
乳酸菌は、胃酸や胆汁酸の影響を受けて、腸まで生きて届くことができないものと、生きて腸に届き効果を発揮するものがあります。
しかし死んでしまった菌も、有害物質を吸着して排出させたり、免疫機能を高めてウイルスや病原菌からカラダを守ったり、体内で有効に働きます。

ヨーグルトの栄養価
牛乳は、それ自体栄養価の優れた食品ですが、ヨーグルトは乳酸発酵により、牛乳にはない機能性が加わった食べものに変化しています。
ヨーグルトに含まれるたんぱく質は、乳酸発酵により一部分解されているので消化吸収しやすく、また、乳糖の一部も分解されているため、牛乳を飲むとおなかがゴロゴロする人にもおすすめです。
またヨーグルトは、ビタミンCが少なく食物繊維は含まれませんから、フルーツとの組み合わせはおすすめです。味わいの相性も抜群です。
ただし、生のキウイフルーツ、パパイヤ、パイナップルなどには、たんぱく質分解酵素が含まれ、その酵素の働きにより、苦みを感じることがあるので、これらのフルーツと組み合わせる場合は、すぐに食べるようにしましょう。

引用文献:Jミルク
写真素材:かわいいフリー素材集いらすとや

2018-3-14 Category コラム, 牛コラム | Leave a Comment

第30回昭和新山国際雪合戦

平成30年2月24.25日に第30回昭和新山国際雪合戦が壮瞥町昭和新山で開催されました。

当社の松原が所属するチーム「なよろ煮込みジンギスカン隊」が出場しました。

この大会では、カナダ、フィンランド、中国などの国が参加する世界大会です。

ここまでの世界大会に出場するまで地区予選を勝ち上がり出場できる大会なのです。











byTakaaki

2018-3-2 Category コラム, 当社 | Leave a Comment

「北を向く牛」―不思議な現象の中にある自然現象ー


世界中の多くの牛が北を向くという現象が起きていると、ディスカバリーチャンネルというTV番組で紹介していた時がありました。ウェブを検索してみると、やはり同じような事例、そして牛だけでなく鹿も北を向く現象もあるという記事もあります。何故、牛や鹿が北を向くのか?という疑問に答える為に、TV番組では色々な実験や検証をするのですが、はっきりとした答えは見つかりません。

牛が北を向くという現象は、どうやら昨日今日に始まった事では無いようで、ずっと昔からあったようでした。たまたま最近、その事に気が付いて発表した科学者がいたので、牛が北を向く現象があると世界中の人達が分かるようになったようです。

宇宙の中で生命に影響する北を向くことの作用とは?

番組中で一つだけ検証出来たのは、全ての牛が率先して北を向くわけでは無くて、ある一匹の牛が初めに地球のN極を感じて北を向いて、他の牛たちはその牛の真似をして北を向くという事でした。その初めに北を向く牛は他の牛たちのリーダーであり、どうやら「牛のスピリチュアルリーダー 」とも呼べる存在のようです。

牛は頭を北方向に向けると、地球の磁場の流れが牛の身体に反応して、気の流れが楽になるので北を向くようです。日本では、北枕は亡くなった人の為と言われています。何故、亡くなった人を北枕にするのか?

それは実は、身体の気の流れが良くなる為に死体の腐る速度が遅くなるからなのです。夏の暑い日でも、北枕にすると腐るスピードは遅くなるようなのです。その為に人が亡くなったら北枕にするようになったのです。

牛や亡くなった人に北枕が良いのなら、生きている人間にも北枕が良いと考えるのは道理かもしれません。「 北枕は亡くなった人の為 」と教えてきたのは、人民が力を持ち過ぎては困ると考えた江戸時代の権力者だったとも言われています。どうやら昔の権力者達は、頭を北に向けると身体にも頭にも良いと知っていたようです。

色々考えても良く解らないので、北枕が良いのか身体で実感してみようと思い、番組を見てからは北枕で寝ています。北枕にしても隙間から北風が当たるのを除いては、とりあえず弊害は無いようです。弊害が無いどころか、朝起きた時に頭がすっきりしているように感じて寝起きが良いようです。

「北を向くスピリチュアルな牛」を見習って北に頭を向けて寝てみると感覚が敏感になって、きっと地球の気の流れに身体が同調していくのを何となく感じるかも知れません。

byRIMU
TRINITYより

2018-2-17 Category コラム, 牛コラム | Leave a Comment

とある獣医師の独り言55

新年あけましておめでとうございます。前回の更新から3か月が過ぎてしまいました。忙しさにかまけてしまい、筆(パソコン)不精になってしまい申し訳ありません。今月からまた少しずつ更新していけるように頑張りますので、またお付き合いお願いします。
もう忘れてしまった方もたくさんいると思いますが、前回の続きのストレプトコッカス ボビス(以下Str.bovisと略します)と蹄底潰瘍の関連性の話です。

◎エキソトキシン
レンサ球菌の仲間はエキソトキシンと言う毒素を作り出します。これは第52話でお話しした大腸菌などが作る毒素エンドトキシンとは多少違います。またまた専門用語になるので詳しくはお話ししませんが、2000年におきた雪印の食中毒は、黄色ブドウ球菌のエキソトキシンによる食中毒です。

※出血している葉状層

話を戻しますが、Str.bovisと蹄病の関連についていろいろ調べてみたのですが、残念ながら牛においてはこれと言って確証となるようなもの見つけることはできませんでした。ただ馬の文献では、穀類を過食した馬が蹄葉炎を発症する原因として、Str.bovisがあげられていました。Str.bovisが作るエキソトキシンがMMP(体が作る酵素の一種)を活性化させ、蹄葉の葉状層に出血を起こさせ、蹄葉の構造を破壊するというものでした。このことから考えると、牛でもルーメンアシドーシス下では、ルーメン内でStr.bovisが異常増殖するため、蹄葉炎を発症する可能性は大いにあると考えられます。
今月まで三回にわたってお話ししてきましたように、SARAはエンドトキシン、ヒスタミン、Str.bovisの作るエキソトキシンと3つの方向から蹄をむしばむ可能性があります。さらにSARAは栄養状態を悪くし、脂肪を減らすため蹄球枕を小さくさせ蹄底潰瘍の発症につながります。最近の研究ではSARAの大本である乳酸が四胃変位を引き起こすもっと重要な因子だとも言われ始めています。
最近牛が痩せてきたし、足の痛い牛が増えてきたし、それになんか病気が増えてきたなあと思ったら、一度SARAを疑ってみることお勧めします。
今月は以上です。


by とある獣医師

年末のご挨拶

本年も、日本の伝統的削蹄技術を継承していけるよう、講習、研修会、会議等積極的に参加し、牛の健康の為邁進してまいりました。

皆様と牛に教えていただいたこと、学んだことを来年に活かせるよう、従業員共々、より一層の心をこめて牛と接し努めてまいります。

本年中のご愛顧に心よりお礼申し上げますとともに、来年もより一層のご支援を賜りますよう、

スタッフ一同心よりお願い申し上げ、年末の挨拶とさせていただきます。


株式会社 菅原道北削蹄所

2017-12-31 Category コラム, 当社 | Leave a Comment

~チーズの歴史~

■偶然から生まれ、世界へ広がったチーズ
人間がいつチーズを食べるようになったかは明確には分かりませんが、紀元前4000年ごろと思われる古代エジプトの壁画にはチーズなどの製造法が描かれており、インドでも紀元前3000年のものといわれる「ベーダの賛歌」の中にチーズを勧める歌があます。インドの仏典である涅ね 槃はん経きょうには、「牛より乳を出し、乳より酪らくを出し、酪らくより生せい酥そ を出し、生せい酥そ から熟じゅく酥そ を出し、熟じゅく酥そより醍だい醐ご を出すが如し、醍だい醐ご 最上なり」とあり、五味の最上である醍だい醐ご はチーズといわれています。また、紀元前2000年ごろのアラビアの民話では次のように伝えられています。「砂漠を行く隊商が、羊の胃袋でつくった水筒に乳を入れ、ラクダの背にくくりつけて旅に出ました。1日の旅を終えて乳を飲もうとすると、出てくるのは水っぽい液体と白い固まりだけ。その白い固まりを食べてみると、それはおいしくて何ともいえない味でした」このような偶然の出来事がチーズの誕生とされています。水筒に使った羊の胃袋の中にはレンニン(キモシン)という酵素があり、それによって乳が固まり、歩いている間に揺られてチーズになったのでしょう。この原理は、今でもチーズ製造に利用されています。

■チーズづくりが重要な産業となったローマ時代
ローマ帝政時代には、チーズづくりはすでに大切な産業になっており、紀元前36年以後には詳細なチーズの製造法が記録されています。チーズの製法は秘伝のような形で伝えられ、特にヨーロッパでは中世の修道院や封建領主によっても守られ、長い歴史の間にそれぞれの地方色豊かなたくさんの種類が生まれました。

■日本におけるチーズの歴史
日本では孝徳天皇(在位645~654年)の時代、645年に百済の智ち 聡そうの息子・善ぜん那な によって牛乳と酪らくや酥そ などの乳製品が天皇家に献上されています。酥そ は一種のチーズにあたるといわれますが、今の製法と違い、牛乳を煮詰めて固め
たもののようです。醍だい醐ご 天皇(在位897~930年)の時代には、諸国に命じて酥そ をつくり天皇に貢進させる「貢こう酥そ の儀」を行いました。醍だい醐ご天皇は酪農への深い理解者で、「醍だい醐ご」という乳に関係した語を天皇の名にしたといわれます。その後、権力が武家に移ると、「貢こう酥そ の儀」も行われなくなりました。江戸時代、8代将軍吉宗(在位1716~1745年)はオランダ人に勧められ、1727年にインドより白牛3頭を入手し、その牛乳から「白牛酪」を製造するようになりました。「白はくぎゅうらく牛酪」は牛乳を煮詰め乾燥させて団子状に丸めたもので、バターという説もありますが、よりチーズに近いものといわれています。60年後の11代家斉(在位1787~1837年)のときには、牛は70頭になりました。

■日本における最初のチーズづくり
近代ヨーロッパ型チーズは、1875年に北海道の開拓庁の試験場で初めて試作され、1904年ごろから函館のトラピスト修道院でもつくられるようになりました。しかし、昭和初期までチーズの消費量はごくわずかで、ほとんどが輸入品でした。本格的につくられるようになったのは1933年、北海道製酪販売組合連合会が北海道の遠浅にチーズ専門工場をつくってからです。日本でチーズの消費が急激に伸びたのは、食生活の洋風化や生活水準が向上した1950年後半からです。1975年ごろのピザの普及、1980年ごろのチーズケーキのブームなどナチュラルチーズの消費が広がり、1988年には従来多かったプロセスチーズに加えてナチュラルチーズの消費が多くなりました。2015年の国民1人あたりの年間消費量は2.2kg。ヨーロッパ諸国の消
費量と比べると約10分の1ですが、日本人の食生活の中にはチーズが定着し、ナチュラルチーズの特有の風味を楽しむ人が確実に増えてきています。

引用文献:Jミルク

2017-12-26 Category コラム, 牛コラム | コメントは受け付けていません。

削蹄通信Vol.14号発行しました!



お待たせしました。
年2回発行の当社削蹄通信Vol.14を9月27日発行しました。

今回も牛の情報から当社の紹介まで充実の内容です。
順次畜主様、関係機関へお渡しとなりますのでよろしくお願いします!

by RIMU

2017-12-7 Category コラム, 最新情報 | Leave a Comment

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