北北海道を牛柄トラックで駆ける牛削蹄所。菅原道北削蹄所のオフィシャルサイトです。

とある獣医師の独り言42


8月です。ここ道北のオホーツク海側にしては異常な蒸し暑さが続いています。今年は暑い夏になるとアメリカ航空宇宙局(NASA)が発表したそうです。数年続いていたエルニーニョ現象が終息してラニーニャ現象が起きているそうです。ペルー沖の海水温が上がるのがエルニーニョ、下がるのがラニーニャだそうですが、ペルー沖の温度がなぜ日本に影響するのかは私には理解できませんが、暑い夏は個人的には大歓迎です。牛さんにはちょっと過酷かもし得ませんが、宗谷の暑さはそんなには長くは続かないはず。少しの間だけ我慢していただきましょう。それでは本題です。
数回にわたりSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)が起こす病気について書いてきました。前回まではSARAが直接起こす病気についてお話ししましたが、他にもルーメン微生物が死滅することで発生しやすくなる病気もあります。今月からはそちらをお話ししていきます。

◎乳房炎
皆さんもご存じだとは思いますが、乳房炎は通常は乳頭口から細菌が侵入することにより乳房内で細菌が増殖し、乳房に炎症を起こす病気ですが、SARAの場合には別の要因で乳房炎が起こります。SARAによって過剰に作られた乳酸で酸性化したルーメン内では多数の微生物が死滅していきます。その死滅する微生物の中には大腸菌の仲間もたくさんいます。この大腸菌の仲間が持っている毒素をエンドトキシンと言います。死ぬ(エンド)と出る毒(トキシン)なのでエンドトキシンと呼ばれています。酪農家の方なら大腸菌の乳房炎は少なくとも一度は経験しているでしょうから、その毒素の強さはご存知でしょう。そのエンドトキシンはルーメンを出て、腸から吸収され血液に乗ります。エンドトキシンの毒性は末梢の血管に血栓(血の塊)を作ることによって血液を遮断することにあります。血液を遮断された臓器は栄養を得ることができなくなり、正常な働きをすることができなくなり部分的に壊死(えし)します。もちろんエンドトキシンは血液に乗り全身にめぐるので様々な臓器に影響を与えますが、乳房炎に関与する臓器は乳房と肝臓になります。

1.乳房への影響
エンドトキシンは乳房へ流れ、牛乳を作る乳腺細胞を破壊することで、牛乳中の体細胞の上昇を起こします。壊死した乳腺細胞では正常な牛乳を作ることができないため、体細胞が上昇してしまうのです。もし細菌検査をしても細菌が検出されないような場合は、SARAによる乳房炎の可能性があります。

2.肝臓への影響
もう一つはエンドトキシンが肝臓の細胞を破壊することで免疫機能が低下するために乳房の細菌感染を防御できなくなる場合です。肝膿瘍のところでもお話ししましたが、肝臓には大きく3つの役割があります。一つは代謝(摂取した栄養を体で利用できるようにする)、二つ目は胆汁(脂肪やたんぱく質の消化に関わる消化液)の排出、そして三つめは解毒になります。ウイルスや細菌の毒素、体内でできたアンモニアや摂取した毒物を無毒化することを解毒と言いますが、その役割を担っているのが肝臓です。また様々な免疫に関わるたんぱく質を作っているのも肝臓ですから肝機能が低下すると侵入してきたバイ菌に抵抗することができなくなり、乳房炎のリスクが高まります。もちろん乳房炎だけではなくあらゆる感染症に弱くなるため、肺炎に罹る牛も増えます。
さらに肝臓へのエンドトキシンの流入は肝臓の他の役割でもある代謝の低下や胆汁の排出の低下も招き、最終的には牛は栄養失調に陥ることでさらに病状は悪化していきます。

SARAの状態はルーメンで常にエンドトキシンがつくられ、それが体に吸収され続けるということですから、慢性の大腸菌性入乳房炎が起きているのと同じ状況です。絶対に避けるべき飼養管理だと思います。今月は以上です。
お付き合いありがとうございました。

byとある獣医師

2016-8-8 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言41

今年も半分が終わってしまいましたね。歳を取ると一年が過ぎるのが年々早くなる気がしませんか?老いも若きも一年は同じ365日に変わりはないはずなのに不思議ですね。以前にその原因は一日の過ごすときの脳の働きに原因があると聞いたことがあります。小さいころは見るもの聞くもの全てが新鮮で覚えることがたくさんあるため、記憶の整理に時間がかかり長く感じてしまうそうです。反対に歳を取ると、一日の行動の中で新しいことを覚えることも少なくなり、今まで長い時間かけて覚えた感覚だけで日々を過ごしていけるようになります。そうすると頭は記憶の整理が必要なくなり、時間が短くなったような錯覚に陥ると言われています。毎日記憶に新しい出来事があれば時間が長く感じられるようになるんですかね。日々を漫然と過ごさないようにしたいものです。では本題です。今月もSARAで起きる病気についてお話しします。

◎JHS(Jejunal Hemorrhage Syndrome ジェーエイチエス)
日本名では出血性腸症候群と呼ばれています。HBS(Hemorragic Bowel Syndrome エイチビーエス)と略されることもあります。このJHSは何らかの原因で小腸から出血を起こし、そこから出た血液と腸内の消化物が混ざることで血液凝固物(写真1)を作りそれが腸に詰まる(腸閉塞を起こす)ことで発症する病気です。症状としては非常に急性な経過をたどり、治療が行われないと85%の牛が36時間以内に死亡すると言われています。発症した牛が見せる症状は①突然の乳量の減少・停止 ②著しい目の凹み(眼球陥凹) ③腹部の膨満(消化物の通過障害による) ④激しい腹痛(疝痛) ⑤タール様便(写真2) ⑥脱力、場合によっては起立不能(写真3) があげられます。
JHSの原因は大きく分けて二つあるとされています。
まず一つは飼料に生えるカビです。粗飼料が何らかの原因(水分過多、鎮圧不足など)でカビることにより、マイコトキシンと言われる毒素が発生し、それを牛が摂取することにより小腸の粘膜に出血を起こしJHSが発症します。
そして、もう一つの原因が腸内細菌の一つクロストリジウム属の異常増殖です。クロストリジウム属の細菌は腸内で増えることにより小腸の腸壁を攻撃する毒素を産生し、腸管の粘膜より出血を起こしJHSを発症します。この異常増殖の背景にSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)があります。SARAは何度もお話ししていますが、センイ不足とデンプン質過剰で起こります。SARA時のルーメン内容物はもちろんルーメン内にとどまるわけではなく、四胃を経て小腸へと流れ出ていきます。この酸性度の高い内容物が小腸の壁を傷つけ、センイの少なさが小腸内の乳酸菌を減らしクロストリジウム属といういわゆる悪玉菌の異常増殖を招くことによって小腸粘膜の出血を起こすのです。野菜を取らないと大腸がんの危険が増す人間と同様に、JHSにもルーメンでは消化されないセンイが重要ということです。
 JHSの治療法に教科書上は手術と書いてありますが、私の経験上手術で助かったのは一頭もいません。また、早期に発見し内科療法で一度は回復しても数日後再発し死亡する場合も何件かありました。やはり発症させないような飼養管理が重要です。
 今月は以上です。ありがとうございました。
 
今月の写真もテレビドクター3から引用させていただきました。

byとある獣医師


2016-7-11 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言40

早いものでもう6月です。関東では梅雨入りしたそうです。昔は北海道には梅雨がないなんて言われていましたが、最近は蝦夷梅雨と言われ長雨がよく見られます。ここ数年宗谷では6月に天気が続いた記憶がありません。今年こそは晴天が続いてほしいものですね。
今月はCVCTについてお話しします。聞きなれないと思いますが、スプラッター映画のような出血を起こす病気です。


◎CVCT(Caudal vena caval thrombosis、シーブイシーティ)
日本名は後大静脈血栓症です。簡単に言えば後大静脈(心臓に戻る直前の一番太い静脈)にできた血栓(けっせん)が血液に乗り肺の毛細血管に詰まって破裂することにより、大量出血する病気です。
上の写真がCVCTを発症している写真です。なかなか強烈な写真ですよね。(この写真はテレビ・ドクター3から引用させていただきました。)左の写真は出血が少量なのでまだ生きていますが、右の写真は出血多量で死亡しています。CVCTの原因は諸説ありますが、SARAが要因だとも言われています。

 

 まずは血液の流れをおさらいしてみましょう。(心臓の構造を参照してください)。牛の心臓の図がネット上になかったので、人の心臓の図を拝借して説明します(ちなみに牛も人も心臓の構造にほとんど違いがありません。牛で言う後大静脈は人では下大静脈になります。)全身から集まった血液は前・後大静脈を経由して右心房から心臓に入り、右心室で拍出されて肺動脈を経て肺へ送られます。肺でガス交換(二酸化炭素と酸素を交換)をした後、肺静脈を経由し左心房から再度心臓へ入り、左心室で拍出されて全身へ回るという経路を取ります。思い出しましたか?これは中学の二年生で習うそうです。
CVCTは血栓が肺に詰まると言いましたが、血栓は何でできるのでしょうか? CVCTの血栓は細菌性血栓と言われています。つまりは膿瘍とほぼ一緒です。後大静脈に膿瘍ができるということは全身が細菌に侵される、つまり敗血症(はいけつしょう)になっていなくてはなりません。先月SARAはルーメンの絨毛をはがすことで血液に微生物を漏らし肝臓に化膿巣をつくるとお話ししましたが、肝膿瘍で収まらなければ細菌は全身をめぐり敗血症を起こすのです。

では、なぜ後大静脈に血栓ができるのでしょうか?それは血液の流れの速さに原因があります。左心室から拍出された血液は各臓器を回り最終的に後大静脈に戻ってきます。ですから一番血液の流れが遅いため血栓ができやすくなってしまうのです。
一度できた血栓はさらに血流を阻害するためだんだん大きくなります。そして大きくなった血栓は一部が剥がれ血流に乗り心臓へ向かいます。心臓へ入った血栓は右心室で拍出され肺動脈へ入り、肺の末梢の血管を詰まらせます。詰まった血管は血液が流れなくなり、後ろから拍出されてくる血液によりどんどんと膨らみ、そこには動脈瘤が出来上がります。その動脈瘤がいつしか圧力に耐えられなり破裂し、その血液が気管を通り鼻や口から噴出することでCVCTが発症するのです。
もちろん敗血症の原因はSARAだけではないので、CVCT=SARAではありません。CVCTの原因としてほかによく見られるのが、寝起きが悪く全身性の褥瘡(じょくそう)や化膿性の関節炎を持っている牛です。著しく痩せているような慢性的な炎症を抱えている牛は要注意と言えるかもしれませんね。
今月は以上です。来月もまたよろしくお願いします。

byとある獣医師

2016-6-16 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言39

5月ですが寒い、とにかく寒いです。ここ数年、春が来るのが遅い気がしませんか?北海道ではゴールデンウイークに雪が降るのは珍しいことではないのかも知れませんが、それにしても寒すぎです。道南では桜の開花情報も聞こえてきましたが、こっちではいつ咲くものやら…。道北の桜の標準木はソメイヨシノではなく寒さに強いエゾヤマザクラだそうですが、宗谷では桜が咲かなかった年もあるそうです。今年はそんなことがないように祈るばかりです。では、本題です。
今月もSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)が起こす病気を具体的に説明していきます。

◎肝膿瘍














上の写真は屠場に搬入された牛の肝臓の写真です。白く玉状に写っているのはすべて膿です。あまり気持ちのいい写真ではないですね。下の健康な肝臓と比べると異常は一目瞭然です。では膿とは何でしょうか。それは細菌と白血球の死がいの塊です。つまり肝臓で白血球と細菌が戦った証が肝膿瘍になるわけです。なぜこのようになるかをお話ししていきます。SARAになるとVFA(揮発性脂肪酸)を吸収するルーメンの絨毛は酸で焼けてくっついていきます。くっついた絨毛は機能しなくなり、やがてはがれ落ちてそこに傷ができます。ルーメンの中には発酵に有益な菌のみがいるわけではなく、フソバクテリウムなどの化膿菌の仲間も多数生息しており、それらがルーメンにできた傷から血流に乗ります。以前に牛の消化のところでお話しした通り、ルーメンから吸収されたVFAは血流に乗り最初に肝臓に入りブドウ糖に合成されるわけですから、傷から吸収された化膿菌も当然肝臓に一番先に入ります。そこで膿が形成されるわけです。肝臓の役割はブドウ糖の合成のほかに、消化を助ける(胆汁の合成)や、解毒、栄養の貯蔵など様々あり、生体の中で非常に重要な臓器です。それが写真のようになってしまっては肝機能の低下は避けられません。また、肝臓は生体防御にも大きく関わっており、肝機能が低下すれば細菌の感染にも抵抗できなくなり、肺炎や乳房炎などの感染症に罹るリスクも高くなり生命の危機に陥る可能性が高くなります。余談ですが人が肝膿瘍になることはまれですが、アルコールやウイルスによって肝硬変を起こせば肝膿瘍と同様です。気を付けたいですね。今月は以上です。
さて、今月28日は浜頓別で29日は名寄で第三回のフットケアミーティングが開催されます。講師を引き受けてくださった皆さま、お忙しい中大変だとは思いますがよろしくお願いいたします。また、このコラムを読んでいただいている方でお近くにお住まいの方は、是非ご参加ください。よろしくお願いします。

byとある獣医師

2016-5-13 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言38

4月です。めっきり春めいてきましたね。今年は雪が少なかったせいか、牧草地がところどころ見えてきています。毎日少しずつ日が長くなっているのを実感するとなんだかやる気になります。だからと言って何をするわけでもないんですけどね。では、本題です。
先月まではSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)の発生要因についてお話してきましたが、今月からはSARAが起こす病気についてお話ししていきます。今回は下痢です。下痢は病気というよりは糞(ふん)が柔らかくなるという状態の一つですが、SARAの場合多くに見られる症状のため、最初に取り上げることにします。
通常、胃と小腸で栄養と水分を除かれた食べ物の残りかすは、大腸でさらに水分を吸収されることで硬くなり、糞として排泄されます。しかし何らかの原因で水分過多の状態で排泄された場合を下痢と称します。その下痢の原因は大きく感染性と非感染性に分けられます。感染性の下痢の原因はサルモネラや病原性大腸菌などの細菌やノロウイルスやコロナウイルスなどのウイルス、コクシジウムやクリプトスポリジウムなどの原虫など微生物の感染にあります。これは微生物が作る毒素やウイルスが腸の壁を直接障害するために起こる下痢です。一方でSARAの下痢の原因は非感染性です。ルーメンで過剰に作られた乳酸は四胃を通過し小腸を通り大腸へと流れていきます。通常、大腸は水分を吸収し糞を固くしていきますが、乳酸が大量に含まれたまま腸を通過すると酸によって腸管に炎症をひきおこされるため、逆に水分を分泌して酸を希釈し炎症を抑えようと体が反応をします。これが下痢の原因です。急性のルーメンアシドーシスでは乳酸の量も大量のため、腸管から分泌される水も大量になり水のような下痢をしますが、SARAの場合は写真のような泡立つ下痢が見られることが多くなります。このような糞をする牛が散見されるようになったら、SARAを疑ってみるのもありかもしれません。
更にみなさんも経験があると思いますが下痢はお腹が痛くなります。そして乳酸は腸壁をチクチクと刺激するため慢性的な腹痛に襲われるそうです。腹痛が長期にわたると牛も人と同じで落ち着きがなくなり、痛みでイライラするため、気性が荒くなります。牛がうるさいというのもSARAが引き起こす症状の一つと言えるかもしれません。
今月は以上です。お付き合いありがとうございました。

byとある獣医師

2016-4-16 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言37


三月です。今年はあまり荒れた天気にならないなんて言っていたら、ついに先日やられました。このコラムの中にも~猿払大荒れの天気~として写真付きで紹介されていましたが、スーパー爆弾低気圧が道北を直撃しました。まさにホワイトアウトそのものでした。その時の強烈な東風のおかげと言ってはなんですが、わが村でもようやく流氷がやってきました。まだ接岸とまではいきませんが、この流氷が様々な栄養を運んでくれるため、オホーツクの海は豊かだと言われています。ようやく日差しも春めいてきました。春までもう少しの辛抱です。
本題です。先月は乳酸を中和するための反芻についてお話ししましたが、今月は反芻が減少することによる中和障害のSARAについてお話ししていこうと思います。
 数年前までは牛は配合飼料の多給と配合飼料の給餌のタイミング(分離給与の場合、配合飼料の給餌の前には粗飼料を与えるなど)さえ間違えなければSARAにはならないと言われていました。ですから、飼料設計されたTMR給与ではSARAは起こらないと信じられていました。しかし、近年センイ不足により反芻が低下し、SARAが発生することが注目されるようになってきました。牛は反芻することによって唾液を一日に150から200ℓ出すと言われていますが、それを重曹に換算にすると1から1.5㎏になります。この重曹によって中和されたルーメン内では、乳酸利用菌が元気に働き乳酸をプロピオン酸へと変換し、変換されたプロピオン酸はルーメンの絨毛(じゅうもう)から吸収され、肝臓でブドウ糖へと変換され全身で利用されます。しかし、反芻が減少し重曹が流れてこなくなったルーメンでは、酸に弱い乳酸利用菌が次々と死滅し、乳酸は分解されずにどんどんとルーメン内に蓄積されることでさらにルーメンの酸性度を下げSARAの発症へとつながっていきます。ですから、前回お話しした『反芻を触発するセンイの長さ』や『精神的な安静』は牛に生命にとって非常に重要な要素になっています。

図1正常なルーメンのイメージ


図2SARAのルーメンのイメージ

三回にわたりSARAの発生原因についてお話してきましたが、一般的にはSARAの症状の重さは乳酸の産生される量に比例するので、乳酸を処理できない場合のSARAの方が重症にはなりますが中和障害の方も決して症状が軽いわけではありません。
現代の牛は泌乳を求めるがため、より多くの配合飼料を食べさせられています。さらに、乾草のような消化に時間がかかる飼料は乳量にならないとして嫌われる傾向があります。しかし牛は一番必要なものは、配合飼料ではなく、栄養価が高く良質のセンイを多く含んだ粗飼料であることは間違えありません。
今月は以上です。来月からはSARAが招く様々な病気についてお話ししていきます。今月もお付き合いありがとうございました。

by とある獣医師

2016-3-20 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言36

2月です。今年は暖冬と言われながら沖縄でも観測史上初めて雪が降ったそうです。アメリカやヨーロッパでも大寒波が発生し、暖かい冬なんだか寒い冬なんだかよくわかんないですね(笑)。そんな中、私の住んでいるところは特に雪も多くもなく寒さも例年通りです。苦手な冬も実質あと二か月。大荒れになることもなく無事過ぎていくことを祈るばかりです。
本題です。先月はSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)になる要因の一つ、乳酸をプロピオン酸に変換できなかった場合についてお話ししましたが、今月からはもう一つのSARA要因、乳酸を中和できなかった場合についてお話ししようと思いますが、その前にその中和にどうしても欠かせない反芻についてお話ししようと思います。
当たり前かもそれませんが、酸を中和するのはアルカリです。化学物質としてアルカリ性のものは沢山ありますが、生体内でアルカリ性を示す物質と言えば唾液に含まれる重炭酸しかありません。ですから、ルーメンでできた乳酸を中和するためには、唾液をたくさん出すことが必要で、そのためには反芻という行動が必要になるわけです。そこで今月は反芻の発生に必要なこと見ていきましょう。


図1 反芻発生のメカニズム

◎反芻をさせるために
①センイの長さ
反芻を引き起こすには一胃の中と二胃のヒダにある特定の部分(正確には上皮受容体(じょうひじゅようたい)と言います)に物理的な刺激が必要になります。具体的には平均5mm以上の粗飼料のセンイが通過しようとすると、牛の脳は消化できないと判断し、第二胃から収縮を起こし一胃へと連動する一連の反芻が発生するわけです。ですから5mmに満たないセンイが通過しても反芻が起こりません。混ぜすぎたTMRではこの長さには満たず反芻は減少し、高水分のサイレージでもルーメン内では微生物により早くに分解されてしまうため反芻が起きなくなってしまうのです。この5mm以上という長さが非常に重要です。一方、センイが長すぎてもヒダを通過できないため、刺激が起きず反芻がおこりません。その場合はルーメン内を長くただよい、微生物の分解を待たなくてはならないため消化に時間がかかるわけです。

②精神的な安静
反芻は脳で起こします。ですから、精神状態によって反芻の発生に大きな差が生まれます。つまり、興奮状態や過度のストレス下では反芻は起きにくくなります。具体的に、居心地の悪いストールや汚れた環境、暑熱、過密などは反芻の減少の大きな要因になります。また、毎日行っている飼養管理作業を規則正しい時間に、決められた手順で行うことも牛の精神的な安定には重要な要素です。

牛は反芻獣と言われるくらいですから、反芻が生きていく上で最も重要な行動です。より良い反芻をさせてあげることが牛を飼う上で最も重要な管理です。

今月は以上です。来月は反芻の減少が及ぼす中和障害によるSARAについてお話しします。

今月もありがとうございました。

2016-2-25 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言35

あけましておめでとうございます。今年も皆様に楽しんでいただけるようなコラムにしていきたいと思いますのでお付き合いよろしくお願いします。
当たり前ですが、やっぱ冬になってしまいましたね。今年は雪が少なくて良い冬だと思ったら年末にはすっかり雪景色になってしまいましたね。まだ一月になったばかりですが、すでに春が待ち遠しくなってしまいます。では本題です。
先月は亜急性ルーメンアシドーシス(SARA)の原因には二種類あると説明しましたが、その続きです。
◎乳酸を処理(プロピオン酸に変換)できない場合のSARA
牛の炭水化物の消化でお話ししましたが、牛は乳酸菌によって乳酸を作り、乳酸利用菌が乳酸をプロピオン酸に変換して、それをルーメン壁から吸収し肝臓でブドウ糖に再合成して全身で使うエネルギーにしています。しかし炭水化物が大量に入った場合には乳酸をプロピオン酸に変えることが間に合わなくなるため、SARAとなるのです。
昔から配合飼料をたくさん上げると乳量が増えることは知られていました。確かに配合飼料の増やし始めは乳酸利用菌も元気でプロピオン酸が多量にできるため乳量は増えますが、そんなに長くは続きません。乳酸菌は酸に強いですが、乳酸利用菌は酸にそれほど強くないため、徐々に増える乳酸により酸性化したルーメンは乳酸利用菌を死滅させます。そのためプロピオン酸に変換できなくなった乳酸はルーメンをさらに酸性化しSARAの発生につながっていきます。(図1.2参照)ただ現在は配合飼料の多給が牛の寿命を縮めることが一般的な知識になり、このような管理は減少しつつあります。しかし、次に挙げる場合ではこのタイプのSARAが起きていることが考えられます。


図 1 正常なルーメン


図 2 乳酸を処理しきれなかった場合のSARAの状態のルーメン

1.選び食い
 TMRによる給餌の場合しばしば問題になるのが選び食いです。水分不足のサイレージで作られたTMRではミキサーでうまく混ざらないため、牛は鼻先でサイレージを飛ばし残った配合飼料を選んで食べるようになります。この結果配合飼料多給と同じようなルーメン環境になりSARAを発症するわけです。この現象はフリーストールで飼養している場合には牛群の順位が優位の牛ほどSARAを起こしやすくなります。真っ先においしい餌を選んで食べるためです。牛群の中で強い牛が急に肢を痛がり出したら注意が必要です。もしかしたらSARAによる蹄病を起こしているのかもしれません。
  
2.ルーメンの馴致(じゅんち)不足
 初産牛や乾乳期間の長かった経産牛に見られるのがこのタイプです。初産牛は泌乳用の餌、つまり配合飼料が大量に入っている餌を分娩するまで食べたことがなく、ルーメンの細菌バランスが経産牛とは異なるためSARAを起こしやすくなっています。また、経産牛でも受胎が遅れ過肥になるのを予防するために粗飼料中心の飼料で過ごしてきた場合は、初産牛と同様のことが起こります。ルーメン微生物が炭水化物の急激な摂取量の増加についていけず、乳酸が過剰になってしまうのです。初産牛や乾乳期間の長かった牛に蹄病が多かったり、周産期病が多かったりする原因の一つがこれです。


来月はSARAのもう一つの原因、乳酸を中和できなかった場合をお話しします。

今月もお付き合いありがとうございました。

2016-1-7 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言34

早いものでもう12月です。今年はスーパーエルニーニョ現象とかで暖冬になるそうです。確かにいつもの12月よりは暖かいような気はしますね。個人的には年齢とともにだんだん寒さが嫌いになってきたので、暖かい冬は大歓迎ではありますが、あまりに雪のないのも北海道らしくないですし、氷に穴を開けてのチカ釣りもできないのもさみしいので、適度な寒さの冬であってほしいですね。
本題です。今月からは数回に分けてルーメンアシドーシスのついてお話ししていこうと思います。いまさらですがルーメンアシドーシスとは何でしょうか。文字通り何らかの原因で第一胃が酸性化してしまうことです。その酸性化を起こす酸は何でしょうか。それは乳酸です。牛の炭水化物の消化吸収のところでお話ししましたが、牛はルーメンで生成される乳酸なしでは生きていけません。それは乳酸をプロピオン酸に変えてルーメンから吸収することにより、体を維持するためのエネルギーを得ているからです(図1)。
図1 ルーメンでの炭水化物の変化


では、この乳酸がなぜ一胃で悪さをするのでしょうか。単純に言えばできた乳酸をプロピオン酸に変えることができなくなり、乳酸がルーメン内にあふれるからです。乳酸は非常に強い酸であり、酸性化したルーメンは酸に弱いルーメン内微生物を死滅させ、その毒素が全身に回るためさまざまな病気を引き起こします。これら酸性化によって引き起こされる様々な症状の総称がルーメンアシドーシスです。
ルーメンアシドーシスと言えば盗食を思い起こす方もいるかと思いますが、現在問題とされているのは盗食の時の起こるような急性のアシドーシスではなく牛の普段の採食行動の中で起こるアシドーシスであり、亜急性ルーメンアシドーシスまたは潜在性アシドーシスと呼ばれているものです。詳しい症状については今後お話していきますが、潜在性というよりは蹄葉炎や肝炎、乳房炎など病気として症状を見せることが多いため急性に準ずるという意味で亜急性ルーメンアシドーシス、SARA(サーラ)と呼ばれています。
ではSARAはなぜ起こるのか。それは牛の体の特性上から二つの原因が考えられます。一つ目はルーメン内で産生された乳酸を処理(プロピオン酸に変換)しきれない場合、そしてもう一つは乳酸を中和できなかった場合です。
来月はこれらの原因それぞれについて詳しく説明していきます。

今年も一年間このコラムにお付き合いありがとうございました。もしよろしければ来年もよろしくお願いします。
少し早いですが、よいお年をお迎えください。

2015-12-12 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言33

11月です。今月は第二回フットケアミーティングがあります。講師をお願いした皆様方、お忙しい中快くお引き受けいただきましてありがとうございます。本番までもう少しです。頑張ってください。また、このコラムを読んでいただいている方で興味のある方は、是非参加してみてください。蹄に関して様々な話が聞けると思います。詳しくは道北護蹄会のバナーをクリックしてみてください。よろしくお願いいたします。

では、本題です。先月は人のたんぱく質代謝につてお話ししました。今月は牛のたんぱく質の代謝についてです。たんぱく質の代表格といえば当然お肉です。しかし皆さんもご存じのとおり、牛は草食動物であり、肉を食べません。では畑の肉と言われる大豆に代表される豆類をたくさん食べるのかというと、確かにマメ科の牧草は牛にとって重要ではありますが、牛が必要とするだけのたんぱく質を補えるだけの豆は食べません。では、どこからあの大きな体を作り上げるたんぱく質を得ているのでしょうか?今月はそこのところをお話ししていきます。


乳牛の胃袋


ルーメン微生物

何度もお話ししていますが、牛にはルーメンという食道が変形し袋状になった独特の器官を持ち、その中に大量の微生物を養っています。結論から言うと、その微生物こそが牛のタンパク源になっているのです。ルーメン微生物には大きく三つの役割に分類できます。一つはたんぱく質をアンモニアまで分解する微生物。もう一つはデンプンをプロピオン酸に分解する微生物。三つめはセンイ(以前は繊維としていましたが、最近はカタカナ表記が多くなってきたのでそれに習います)を分解する微生物です。これらが相互に作用することによりルーメン環境を整え、さらなる微生物の増殖を生み、牛にとっての貴重なタンパク源となるのです。ですからルーメンの環境が悪化する、たとえばルーメンアシドーシスの場合には牛はタンパク不足に陥るのです。
ルーメンで増殖し四胃に流れる微生物の量はたんぱく質に換算すると一日5㎏にもなり、これは牛が一日に必要なタンパクのおよそ半分と言われています。では残りの半分はどうするのか?それはルーメンでは分解されないたんぱく、いわゆるバイパスたんぱくとして給与されます。これら微生物由来のたんぱく質(微生物態たんぱくと言います)とバイパスたんぱくは、前回お話しした人のタンパク消化と同様に胃と小腸でペプシンやトリプシンなどの酵素の影響を受けアミノ酸まで分解され、小腸から吸収され全身で使われるわけです。
牛は糖代謝もたんぱくの代謝も完全にルーメンに依存しているということです。
今月は以上です来月からは、ルーメンアシドーシスについてお話しします。

今月の写真は畜産ZOO鑑から拝借しました。

by とある獣医師

2015-11-13 | 1 Comment

とある獣医師の独り言32

10月ですね。今年も残すところあと3カ月です。ところで、先日の爆弾低気圧はすごかったですね。私の住んでいるオホーツク海側でもものすごい暴風が吹き荒れ、牛舎などに被害が出ました。皆さんのところはどうでしたか?このように低気圧が台風のように発達するのはやはり日本海の水温が高いからだそうです。最近は水温上昇のせいで魚の生息域も変わり、本来釣れるはずの魚が釣れません。地球温暖化大丈夫でしょうか、心配になります。

では、本題です。先月までは牛の炭水化物の消化についてお話ししましたが、今月からはタンパク質についてです。炭水化物の時と同様に人と牛を比較しながら見ていきましょう。今回は人のタンパク質の消化です。タンパク質はすべての動物の体の細胞を構成している主な成分で、筋肉や内臓のみならず、爪や髪の毛までもがタンパク質で出来ています。口から摂取したタンパク質を分解して体に必要なタンパク質に再合成ために必要なアミノ酸まで分解して吸収するのがタンパク質の消化吸収です。


図 1 人のタンパク質の消化

人が摂取するタンパク質の代表と言えば肉ですが、口から入った肉はまず歯で噛みつぶしてから呑込みますが、人の唾液には肉を分解できる消化酵素は含まれておらず、口ではタンパク質は分解される事はありません。つまり口ではただちぎって物理的に細かくしているだけです。実際の消化は胃に入ってから胃酸の影響を受けてタンパク質の構造が変化することから始まります。さらに胃では胃壁からペプシンと言う消化酵素が分泌されており、これによってペプトンへ分解されます。ペプトンはさらに十二指腸へと流れ、膵臓から分泌される膵液に含まれるトリプシンや、空腸、回腸(いわゆる小腸)で腸液の中のアミノペプチターゼなどによってさらに分解され、ポリペプチド、ペプチドを経て、最終的にアミノ酸にまで分解されます。アミノ酸は小腸の絨毛から吸収され、門脈を通って肝臓、心臓を経て全身の細胞などに運ばれて利用されます。これがタンパク質の消化吸収の一連です。
では全身で利用されもさらにアミノ酸が余った場合はどうなるのでしょうか。実はアミノ酸はブドウ糖とは異なり体に蓄える事が出来ません。余ったアミノ酸は肝臓でブドウ糖へと変換されて、最終的には中性脂肪として内臓や皮下に貯蔵されることになります。これが肉を食べたほうがご飯を食べるよりも太りにくい、つまり脱炭水化物ダイエットの考え方の元になっています。同じお腹いっぱいにするなら、肉の方が脂肪に変換するのに手間がかかる分太りにくいと言う事です。逆に飢餓が続き全身のエネルギーが不足すると、今度は全身の筋肉を分解しアミノ酸を作り、さらにアミノ酸をブドウ糖に変換して全身で利用するということもできます。タンパク質と炭水化物はお互いにバランスを取りあいながら体を維持しているわけです。
今回の挿絵は食肉なんでも大図鑑から引用させていただきました。

今月は以上です。来月もお付き合いお願いします。

byとある獣医師

2015-10-9 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言31

9月です。一年は早い物ですね。気が付いたら夏も過ぎ、実りの秋になっていました。
今年はここ宗谷では天候不順が続きあまり良い二番草が取れなかったと聞いています。これは全国的な傾向かもしれませんが、年々天候が安定しなくなってきているような気がします。せめて乾草だけでも良い物が取れるようにこれからの天候の回復を祈るばかりです。
では、本題です。
先月は人の炭水化物(デンプン)の消化吸収をお話ししましたが、今月は牛の炭水化物(デンプン)の消化吸収についてお話ししていこうと思います。前回、人の唾液にはアミラーゼと言う消化酵素が含まれていてこれが炭水化物の分解に役立っているとお話ししましたが、牛の唾液にはアミラーゼは全く含まれていません。ですから牛が何度噛み返し(反芻)をしたとしても、口では炭水化物は分解されないのです。何のために噛み返しをするのかは後々お話しするとして、牛も動物ですから体を動かすのにはブドウ糖は不可欠です。牛はどうやってブドウ糖を得ているのでしょうか。
結論から言うと、牛が体で利用するブドウ糖のほとんどは第一胃(ルーメン)内の微生物に依存しています。第29回のこのコラムでふれたのですが、ルーメンはルーメンマットとルーメン液で満たされており、そのルーメン液1ml中にはおよそ50種類一億個の細菌と、200種類200万匹も原虫が住んでいて、お互いがちょうどいいバランスの数で生存し生活することで牛の健康維持に様々な役割を果たしています。このルーメン微生物の中にはいわゆる乳酸菌と言われる微生物が多数存在します。乳酸菌は炭水化物をエネルギーとして利用し乳酸を作ります。これが乳酸発酵です。さらにルーメン微生物の中には乳酸をエネルギーとして利用する微生物も多数存在し、乳酸はプロピオン酸と言われる揮発性脂肪酸(VFA)の一種へと分解されます。このプロピオン酸こそが牛のエネルギー源となるのです。まず、プロピオン酸はルーメンの壁のひだ(絨毛)を通り抜け、そのままルーメン内の血管から血液の中に溶け、肝臓へと運ばれます。肝臓でプロピオン酸はブドウ糖に合成され、もう一度血液を介して全身へ運ばれ牛のエネルギーとして利用される訳です。ちなみに、貯蓄や利用のされ方は人の場合と同じです。もちろん、すべてブドウ糖をルーメン微生物の産生するプロピオン酸に頼っているわけではなく、人と同じように小腸からブドウ糖を吸収する経路も持ってはいますが、それは牛が使うブドウ糖の約3割に過ぎません。いかに牛にとってルーメンが大事なのかが分かるかと思います。

一見すると牛の炭水化物の消化吸収は非常に回りくどいように感じます。しかし、このシステムは牛以外が利用できない粗悪な炭水化物でも微生物の力を借り、ブドウ糖に変換できる点を考えると、非常に効率的なシステムであると言えます。
今月はここで終わりにします。来月はタンパク質の消化吸収をお話ししていこうと思っています。
またお付き合いをお願いします。


byとある獣医師

2015-9-11 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言30

8月ですね。ここ宗谷もようやく熱くなってきてビールも美味しい時期になりました。牛にとってはこの暑さは堪えるでしょう。いくら暑くても人間以外の動物は冷たい水を好みません。特に牛はルーメンの細菌たちがびっくりしてしまうので禁物です。キンキンに冷えたビールを飲める人間に生まれて幸せを感じてしまう今日この頃です。
さて本題です。人間でも牛でも同じですが、活動のエネルギーはブドウ糖です。筋肉を動かすのも、頭で物事を考えるのもブドウ糖が必要です。そのブドウ糖がたくさん結合してできた物が炭水化物です。米やパン、パスタなどがそれにあたります。これら炭水化物を胃や腸でバラバラにして、最終的にブドウ糖にまで分解して腸で吸収することが、炭水化物の消化吸収です。一方で体を作っているのはアミノ酸です。筋肉や骨、血液など体の部品を作っているのはアミノ酸です。このアミノ酸がたくさん結合してできた物がタンパク質です。肉や魚、大豆などの豆類などがそうです。これらタンパク質をバラバラにして腸からアミノ酸として吸収することが、タンパク質の消化吸収になります。これを車で例えると、エンジンやボディーを作っているのがタンパク質、ガソリンが炭水化物と考えると分かりやすいかも知れません。とにかく、われわれ動物が生きていくためには、炭水化物とタンパク質は絶対必要不可欠な食べ物と言えます。今月からは牛の炭水化物とタンパク質の消化吸収に前胃がどのように関与し、人間の消化吸収とはどこが違うのかについてお話ししていこうと思います。


循環器病情報サービスのホームページより引用

まずは人の炭水化物の消化吸収です。基本的に人の消化の主体は体から出す酵素アミラーゼになります。酵素とは炭水化物やタンパク質の結合を分解するのに手助けをするタンパク質の一種です。口から入った炭水化物はまずは口の中で噛む事によってある程度ばらばらになります。そこで口の中の唾液に含まれる消化酵素アミラーゼによってさらに分解されます。ご飯を口の中で良く噛むと甘くなるのは、炭水化物が分解されて、糖に変わっていくためです。その後、胃に入り唾液のアミラーゼは胃酸によって活力を失いますが、胃を経て十二指腸に流れると、今度はすい臓からのアミラーゼによってブドウ糖にまで分解され、小腸の絨毛と言う襞(ひだ)から吸収され、血液に乗り全身へと運ばれていきます。運ばれたブドウ糖は全身の筋肉や脳でエネルギーとして使われ、残りは筋肉や肝臓でグリコーゲンとして蓄えられます。グリコーゲンはエネルギーとしては使いやすいのですが、あまり多くは貯蓄できないため、より貯蓄しやすい脂肪に変換され皮下や内臓に溜まります。これがいわゆる中性脂肪です。現代のような日本になる前は、一日三食はおろか一食すら危うい毎日を過ごしていたため、この余りを中性脂肪として蓄積するシステムは生き残るために非常に有意義なものでした。しかし、現在では体を動かすことなく簡単に三食食べられてしまうため、中性脂肪は利用されることなくどんどんと蓄積され、メタボリックシンドロームとなってしまうわけです。
今月はこのくらいにしておきます。来月は牛の炭水化物の消化についてお話ししていきます。
今月もお付き合いありがとうございました。

byとある獣医師

2015-8-9 | Leave a Comment

とある獣医師独り言29

7月ですね。今年は雨ばっかりで寒いですね。先日,護蹄研究会で東京に行ってきたのですが、東京は蒸し暑く30℃を超えていましたが、家に帰ってきたらなんと3℃でした。なんぼ涼しいのが売りの北海道とは言え、寒すぎです。このまま夏にならないんじゃないかとちょっと不安になってしまいます。早く暖かくなってほしいですね。
今月からは5月に開催されたフットケアミーティングの中でお話しした、ルーメンアシドーシス(牛の消化について考える)を最近の知見や新しい写真などを加えて紹介していこうと思います。


図 1牛の胃の外観

まずは牛の消化器官についてお話しします。図1は牛の胃を右側から見た図です。


図 2第二胃の内側

皆さんももうご存じだと思いますが、牛には一胃から四胃までの四つの胃があります。右側に頭左側にお尻が来る形になります。消化酵素や胃酸が出て、我々人間の胃に相当するのが四胃です。二胃と三胃、特に三胃は未だに役割が解明されていない部分も有りますが、二胃にはハチの巣状の襞(ひだ)(図2)


図 3第三胃の内側

三胃には何枚にも重なった襞(ひだ)(図3)があるため、すりつぶすのが主な役割と考えられています。その形状から焼き肉では二胃はハチノス、三胃はセンマイ呼ばれています。(ちなみに一胃はミノ、四胃はギアラです。)
一胃はルーメンとも呼ばれ、牛の胃の中では一番体積が大きく、大きな牛では200リットルにもなると言われています。一般家庭のお風呂と同じ大きさだと考えると以下に大きいかが分かるかと思います。一胃の中にはルーメンマットと言われる線維質の塊がありその下にルーメン液(ジュース)があります。ルーメン液にルーメンマットが浮いているイメージです。このルーメンマットが非常に大事で、牛の反芻を起こさせるのに重要な物理刺激を与えるとともに、ルーメン微生物の隠れ家ともなり牛の体の特性上なくてはならないものになっています。
また、ルーメン液1ccにはおよそ50種類一億個の細菌と、200種類200万匹も原虫が住んでいます。原虫とはアメーバーやゾウリムシの類の事で、細菌よりは大きく、一般に良く動き回る事が特徴です。
ルーメンマットやこれら細菌や原虫が牛の消化にどのように係わっていくのかを次回以降にお話ししていこうと思います。今月もお付き合いありがとうございました。

図1は広島大学ホームページより 図2,3は肉のいろはのホームページより引用させていただきました。

byとある獣医師

2015-7-30 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言28

6月ですね。今月の中過ぎにはここ宗谷でも草刈りが始まります。今年の天気はどうなんでしょうか。この時期の天気が今後一年間の乳量や病気の発生に大きく影響する訳ですから、何とか晴天が続いてくれる事を祈るばかりです。
前回はケトーシスとは何かについてお話ししました。今月はもう少しケトン体が産生される過程を詳しくお話ししていきます。

ケトン体はなぜできるのか
ケトン体は牛だけが作る物質ではありません。人間も作るし、肉食獣であるネコやイヌも地球上のほとんどすべての動物が作り出す物質です。動物が飢え死にしないように取る、自己防御手段の一つです。
太古の昔から動物は飢餓との戦いでした。人も現在のように一日三食ご飯が食べられるわけでもなく、牛も家畜になる前はサイレージや配合飼料が毎日お腹いっぱい食べられるわけではありませんでした。ですから、いつもより多く食べられた時に余ったタンパク質やブドウ糖を貯蔵に最も適した脂肪の形として内臓や皮下に溜めることを覚えました。油は筋肉や砂糖より燃えやすい事を考えると、いかに効率が良い貯蔵かがわかると思います。
一方、食べられない時には、肝臓で筋肉を分解してできたアミノ酸を変換してブドウ糖を作る糖新生を行い全身で利用するということを獲得しました。ですから、飢餓の時、動物は痩せてはいきますが、数日食べなくても生きていけるわけです。この過程で出来るのがケトン体です。
どのようにケトン体はできるのか?糖新生を行うにはエネルギーが必要です。このエネルギーを作り出すのが脂肪の分解です。体中から脂肪は肝臓に入り分解され脂肪酸になり、脂肪酸がさらに分解される時にできるアセチルCoA と言う副産物がケトーシスの原因物質ケトン体になるわけです。しかしケトン体は全くの悪ではありません。ケトン体は飢餓状態時の脳の唯一のエネルギー源として使用されるからです。 しかし飢餓状態が長引き、脂肪の分解が過剰になると、ケトン体は利用されずケトーシスと言われる病態に移っていくわけです。
では、なぜケトーシスになると食べないのでしょうか?ケトン体はアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸と言うように酸が付いていることからもわかるように酸性物質です(ケトン体のうちのアセトンは別です)。ですから体のpHは酸性に傾き、アシドーシスになるわけです。これをケトアシドーシスと言います。アシドーシスになっては食欲が低下するのもわかりますよね。人もケトーシスになるそうですが、その典型は糖尿病だそうです。糖尿病では糖が吸収されないため、体は極度の飢餓状態になるため、人でもケトアシドーシスになるそうです。
今月はこのくらいにしておきます。
お付き合いありがとうございました。

2015-6-11 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言27

ゴールデンウイークです。異常に暖かいですね。ここ宗谷でももう桜が咲きました。宗谷に来て今年で18回目の春を迎えますがこの時期に桜が咲いたのは異常な早さです。どうせならもう少し夏も暑くなればビールがおいしいんですけどね。

今月からはケトーシスについてお話ししていこうと思います。
さて皆さんケトーシスとは何でしょうか?当たり前のことですが、ケトン体が体内に過剰になる事をケトーシスと言います。普段酪農をなさっている農家の皆さんはもちろん酪農関係者の皆さんもケトーシスやケトン症と言う言葉を一度は耳にした事はあると思います。また、分娩後に泌乳が増えてエネルギー不足におちいるとケトーシスになると言う事を分かっている方もいっぱいいらっしゃると思います。しかし、そもそもケトン体とは何でしょうか?どこから出てくるのでしょうか?さらに、ケトーシスになるとなぜ食べなくなるのでしょうか?『何を今更、そんな事分かってる』と言う方もいるかと思いますがそう言わず、ぜひお付き合いください。

ケトーシスとは何か
先ほども言いましたがケトン体が体に多量に循環する状態の事を言います。ではケトン体とは何でしょうか?それはβ(ベーター)-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸(アセトアセテート)、アセトンの3つの総称です。ではどのような経路で体内に出てくるのでしょうか?
 牛は人間と同じくブドウ糖をエネルギー源とします。(ブドウ糖の吸収の仕組みは人とは違いますが、体を維持するのに使うエネルギー源は人と同じブドウ糖です。)しかし牛は分娩とともに莫大な量の泌乳をするため、採食で得られるエネルギーよりも多くのブドウ糖を必要とします。そこで足りないブドウ糖を筋肉などに蓄えているタンパク質を分解してまかないます。これを糖新生と言います。その糖新生に必要なエネルギー源として利用されるのが体脂肪です。具体的には体脂肪を分解し脂肪酸を作りこの脂肪酸をβかしてアセチルCoA(コーエー)を取り出し、TCAサイクルを回して…などと書いていくと何の事だかわかんなくなると思いますので、簡単に言ってしまえば、糖新生の際の体脂肪利用の副産物がケトン体です。
ケトン体として始めにできるのがβ-ヒドロキシ酪酸です。往診に来た獣医さんが乳汁やおしっこでケトン体を量っているのはこのβ-ヒドロキシ酪酸です。それが肝臓のミトコンドリアで分解されるとアセト酢酸ができます。アセト酢酸は不安定な物質なのですぐにアセトンに変わります。このアセトンは揮発性が高くは呼気や皮膚から体の外に出ていきます。よく農家さんからの往診依頼でケトン臭がすると言われますがその原因はアセトンです。アセトン臭は柿やリンゴの熟した匂いとか甘酸っぱいにおいとか言われることが多いと思います。
余談ですが最近は糖質制限ダイエットが流行っていますが、頑張りすぎると人もケトン臭がするようになるそうです。医学の方ではケトン臭の事を飢餓臭とも言われるそうです。ダイエットはほどほどにしないと体臭がケトン臭くなりますよ。
 

今月は以上です。今月から独り言のコラムを少し短めにしてみました。このほうが読みやすいかなと思いまして…。決してネタ切れが怖い訳ではないですよ(笑)。
来月もお付き合いをよろしくお願いします。

byとある獣医師

2015-5-9 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言26

まず始めに先月のコラムに間違えがありました。
コラムの31行目の、『・・・好中球やキラーT細胞を増やすように支持を出した場合が液性免疫です。・・・』の液性免疫は細胞性免疫の間違えです。申し訳ありません。

新年度が始まりました。もう冬も終わりですかね。今年も昨年に続き雪が少なく春が早いような気がします。この宗谷地方でも草地の雪が完全に溶け、心なしか草が緑色をなしてきたような気がします。早く暖かくなってほしいですね。
さて先月に引き続き乾乳期の栄養と出生子牛の関係で今回は初乳です。

乾乳期の栄養と出生子牛の関係
③初乳
初乳には様々な子牛の生育に必要な物質が含まれています。

◎移行抗体
初乳摂取の一番の大きな役割は移行抗体の獲得です。では移行抗体とは何でしょうか?抗体とは先月お話ししたように細菌やウイルス(抗原)が体に侵入した時に、マクロファージとT細胞がB細胞に作らせる免疫物質です。抗原が二度目の侵入した時に、抗体は抗原に目印として付着します。そうすると白血球が抗原を発見しやすくするなり捕食しやすくなるわけです。やみくもに捕食するよりも効率が良いと言う事ですね。この抗体が胎盤を介して子牛に移行すれば子牛は出生直後から感染に対して強く生まれてくるはずです。しかし牛の胎盤は人とは異なり抗体を含めた分子量の大きなタンパク質は通る事が出来ない構造になっています。そのため牛は初乳に抗体を入れて子牛に摂取させるような仕組みを取りました。ですから新生子牛は初乳を摂取することによってはじめて免疫力を獲得することができるわけです。ただしタンパク質は通常は分解されて吸収されますが、抗体は分解されては意味がありません。そこで新生子牛の小腸の細胞は呑込み作用(ピノサイトーシス)と言われる作用で抗体を丸呑みして吸収し、血液などに乗せて全身に届けます。ただしこの吸収作用は出生後6時間までがピークで24時間以降はほぼ無くなると言われています。この作用によって得られた抗体は子牛が自分で抗体を産生できるようになる2週間までの間、液性免疫の主体を担います。初乳に十分な量の抗体が入っていなかったり、何らかの理由によって十分な量の初乳を飲めなかった場合には免疫移行不全となり、死亡率が2倍以上になるとも報告されています。

◎白血球      
初乳にはマクロファージ、リンパ球などの母牛由来の白血球も含まれており、これも抗体同様子牛の消化管で消化されることなく血液中に入り、初期の細胞性免疫を増強する役割を持っています。また、マクロファージは腸管の粘液を刺激して液性免疫を活性化させる役割を持っています。

◎非特異的抗菌物質 
初乳にはラクトフェリンやリゾチームなどの広く抗菌作用を示す物質を含んでいます。ラクトフェリンは鉄を吸収することで細菌・ウイルスの発育を阻害し、腸内細菌のバランスを整える働きがあります。リゾチームは涙にも含まれる抗菌物質で細菌の細胞壁を融解することにより抗菌作用を示します。
 
その他にも出生後の子牛のタンパク源になるアルブミン、エネルギー源である脂肪・乳糖、またビタミンやミネラルも常乳の数倍から数十倍も含まれています。さらにはT細胞を活性化させる細胞間伝達物質の一つであるサイトカインや腸内細菌の栄養源であるオリゴ糖も含まれており、良質な初乳を適切な量を適切な時間に摂取することが感染に強い子牛を作る上で一番大事だと思います。 
初乳は分娩の一カ月前より乳腺で作られ始めると言われています。ですから乾乳期の母牛の栄養障害はこの面からみてもマイナスであることは間違えありません。


3回にわたり乾乳期の栄養と出生子牛の関係をお話ししてきました。
人の世界では『胎児期に低栄養状態であることが成人期に心血管障害のリスク因子になる』とする『バーカーの仮設』と言うのが最近支持されているようです。これは胎児の時期に栄養状態が悪いと成人になった時にいわゆる成人病になるリスクが高くなるというものです。これは人にのみ当てはまるわけではなく牛にも当てはまる可能性は高いと最近注目されてきています。乾乳期に母牛の栄養が不足すると、胎児の成長に悪影響を及ぼし、胎児の胸腺の形成不全による子牛虚弱症候群を引き起こし、出生してからも初乳の質の低下などから免疫移行不全となり虚弱な子牛が出来上がると言うわけです。この子牛は成牛になっても泌乳能力の低い牛や受胎率の悪い牛となり経営の為に長くは生きられないと言う事です。
どうですか?母牛の一年間の泌乳に係るのみならず、二年後の牧場の未来を担う胎児の為にも乾乳期の栄養管理をもう一度考えてみませんか?

今月もありがとうございました。

byとある獣医師

2015-4-7 | 1 Comment

とある獣医師の独り言25

春のような日々が続いていますがまだ3月ですね。今年は2月が暖かくさらに雪も降らないため非常に楽な冬を送らせてもらっているのはありがたいのですが、去年から氷上のチカ釣りを始めたんですが氷が薄すぎて乗ることができません。この道北で川に氷が張らないなんてやっぱり温暖化が進行しているだと実感しています。

先月に引き続き乾乳期の栄養管理と出生子牛の関係で今回は胸腺についてお話ししていきます。

乾乳期の栄養と出生子牛の関係
②胸腺の発達
胸腺の話をする前に少し免疫についてお話ししようと思います。免疫は専門用語が非常に多く理解し辛いので、ここではかいつまんでかなり簡単な話にしていきたいと思います。
まず牛や人間を含めた脊椎動物にはウイルスや細菌などの異物が侵入した場合にそれを排除しようとする働きがあります。また、ガン化した自分の細胞や老化した細胞も除去しなくてはいけません。この防御作用が『免疫』です。免疫は自分の細胞かそうでないのかを見分けなくてはいけません。
小学校の時に習った理科を思い出して下さい。血液には赤血球と白血球があって赤血球は全身に酸素を運ぶ役割を、白血球は侵入してきた異物を退治する役割があると習ったはずです。免疫に関与するのは勿論白血球の方です。代表的な白血球は次のようなものがあげられます。

1)好中球・単球(マクロファージ)・好酸球
これらはひたすら異物を食べて処理します。
この中でマクロファージのみが後述するT細胞に異物の侵入を教える重要な役割を持っています。
2)NK(ナチュラルキラー)細胞
体内のウイルスに感染した細胞や癌細胞を破壊する役割があります。
3)B細胞
過去に侵入してきた異物(抗原と言います)の再度の侵入に対して抗体を作ることで対抗しようとします。B細胞はマクロファージとT細胞の指示で抗体を作るように動きます。
4)T細胞
T細胞はさらに次のようにわかれます。
ヘルパーT細胞:抗体を作るB細胞を活性化します。余談ですがHIVウイルスはこれを破壊するウイルスです。
キラーT細胞:ウイルスに感染した細胞やガン細胞を破壊します。
サプレッサー(調節)T細胞:亢進した免疫を制御します。

また免疫は細胞性免疫と液性免疫(体液性免疫)に分けられます。簡単に言えば両者の違いは抗体を介するか、白血球がひたすら食べるかの違いです。始めに異物はマクロファージに食べられます。ここでマクロファージは抗原の存在をヘルパーT細胞に伝達します。ここまでは液性も細胞性も一緒ですが、ヘルパーT細胞がB細胞に抗体を作るように支持を出すのが液性免疫、ヘルパーT細胞が好中球やキラーT細胞を増やすように支持を出した場合が液性免疫です。横道にそれますが臓器移植で拒絶反応が出るのは細胞性免疫でキラーT細胞が移植臓器を異物と認識するからだと言われています。

話は胸腺に戻しますが、胸腺はこのTリンパ球を作り出している場所です。(ちなみにTリンパ球のTはThymus(胸腺)の頭文字です。ついでにB細胞のBはBone marrow(骨髄)です。)胸腺の役割は最近まで良く分かっていませんでしたが、抗体産生に非常に重要なTリンパ球を育てられる唯一の臓器だと言う事がわかってきました。
子牛虚弱症候群(WCS)と言われる出生後すぐに下痢や肺炎を発症し、出生後6週間以内に高い死亡率を示す病気がありますが、このWCSの牛は胸腺が健康な牛に比べ非常に発達が悪かったという報告が有ります。胸腺の発達が悪い場合Tリンパ球が作られないため、細菌やウイルスに侵入された場合に抗体を産生することができず、その結果として細胞性免疫に頼らざるを得ず、最終的に死亡するケースが多いとされています。胸腺が発達しなかった原因はウイルス感染、ビタミン不足などさまざま言われていますがが、まだ解明には至っていません。しかし妊娠後期に何らかの原因で母牛の栄養状態が悪化した場合にこの症状が多発したという報告が有ります。母牛のタンパク摂取不足が子牛の胸腺の形成不全を招く恐れがあるというわけです。この観点からも乾乳期の飼養管理の重要性が伺えます。
このWSCについて、胸腺の大きさや触診の仕方については少し古いですが農業共済新聞の2008年10月29日版で小岩先生が記事を書かれていますので是非参考にしてください。(ネットで胸腺 子牛でも検索できます。)

来月は乾乳期の栄養と出生子牛の関係の③初乳についておはなしします。今月もありがとうございました。

2015-3-4 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言24

インフルエンザが猛威をふるっていますね。何を隠そう私も年明け早々にインフルエンザになりまして、出勤停止となってしまいました。ほぼ十年ぶりの発症です。実はインフルエンザと診断されたのは生まれて初めてで、それゆえインフルエンザ薬なるものも初めて処方していただいた訳なのですが、今はタミフルやリレンザではなくイナビルとか言う鼻から吸引する薬が主流だそうです(田舎の村の病院にも有りました)。これが非常に良く効きます。インフルエンザ恐れるに足らずですね。一般にインフルエンザは型も多く、また変異もしやすいため冬になる前に流行する型を予測してワクチンを選択するそうです。この予測がなかなか当たらないため毎年『ワクチン接種したのにインフルになったと』いう話を良く耳にします。しかしワクチン接種ではなく発症して作られた抗体は交差免疫として他の型のインフルエンザにも効果があると言われています。数年前に大流行した新型インフルエンザが熟年層に患者が少なかったのは交差免疫のおかげだったと言われています。詳細はまだ解明されてはいないようですが、今回のインフルエンザの発症で私も数年はインフルエンザにならないはずですが、どうでしょうかね。
 前置きが長くなりましたが、今月からは乾乳の管理と子牛の免疫力についてお話ししていこうと思います。

乾乳期の栄養と出生子牛の関係

①妊娠後期の胎児の成長曲線
乾乳期は経産牛ではボディコンディションを調整し、泌乳期に酷使した消化器特にルーメンを休ませ、乳腺を回復させるとともに、胎児を順調に成長させる重要な時期です。表1で妊娠日齢と胎児の体重、羊水と胎膜、子宮の成長曲線を示してみました。胎児は乾乳期に入る妊娠220日前後から急激に大きくなっているのが分かると思います。この時期に母牛が低栄養に陥ると胎児の成長が止まり、早産などによる低体重児が生まれてくることがあります。乾乳期は泌乳を基本的にはしないため、エネルギー源である糖質よりも胎児の成長に重要なタンパク質を必要とします。牛の利用するタンパクのおよそ50%は一胃の微生物の体タンパクと言われています。そのためには、良好なルーメン発酵が重要であり、そのためには良質な粗飼料と適度な穀類が不可欠と言えます。場合によってはバイパスタンパクの利用も考えても良いかもしれません。昔は泌乳しない=稼がないと考え乾乳期には粗悪な粗飼料を与える傾向がありましたが、非常に悪い考え方です。乾乳期は先ほども述べましたが、一胃と乳腺の回復と胎児の成長をさせる重要な時期です。今後の経営を考えるならば、一番良質な粗飼料は未来がある育成牛に、次に良質な粗飼料は今後1年の泌乳量が決まる乾乳牛に与えるべきです。
また一方でルーメンアシドーシスも出生してくる子牛には悪影響を与えます。アシドーシスは母牛を低タンパク状態にしてしまう事で胎児の成長を阻害します。近年、分娩直後の爆発的な泌乳の開始を狙って、乾乳後期に多量の穀類を与えられる事により、ルーメンアシドーシスに陥っている牛群を見かけます。この管理は最も間違った管理です。この管理をすると泌乳開始時の乳量は確実に上がります。しかし母牛のタンパク不足からくる低体重児の出生、胸腺の未熟な子牛や初乳の質の低下による病弱な子牛の出生を招きます(初乳や胸腺の話は来月を話しします)。また、アシドーシスによるルーメン微生物の死滅がエンドトキシンを産生し、早産を引き起こすことも報告されています。(泌乳の方も一時的なだけで周産期病や蹄病になり最終的な乳量も期待できません)さらには乾乳期もTMRで管理している牛群は飼料の混ぜ過ぎにも注意が必要です。攪拌しすぎることによって粗飼料の線維が砕けて反芻が起こらず、アシドーシスになっている場合も考えられます。下痢をしているような場合はまずはアシドーシスを疑ってみてください。乾乳牛の糞は本来触っても手に汚れが移らないような硬い糞なはずです。
このように乾乳中の悪質な粗飼料給与も泌乳生理を無視した乾乳期の飼料の給与も線維不足も胎児には悪影響しか与えないと言う事です。

本当はインフルエンザの免疫に絡めて、乾乳の管理による初乳や胸腺による免疫の話をしていこうと思ったのですが、またルーメンアシドーシスの話が長くなってしまいました。来月は胸腺や初乳役割と子牛の免疫についてお話しします。来月もお付き合いよろしくお願いします。

byとある獣医師

2015-2-5 | Leave a Comment

とある獣医師の独り言23

明けましておめでとうございます。今年もこのコラムを読んで下さっているみなさんの牛が健康になり、少しでも皆さんのお役に立てるような記事を書いていこうと思っていますので、また一年間よろしくお願いします。
今シーズンは厳しい冬ですね。私の住んでいるところはすでに二回も国道が通行止めになり、陸の孤島になってしまいました。たしか気象庁が今年の長期予報で『エルニーニョの影響で暖冬になります』なんて適当な事を言っていたのを、今更ながらにがにがしく思いだしています。
さて本題です。今回は先月に続き子牛が摂取した飼料がルーメンの発達にどのような役割を果たすのかをお話しします。

◎乳(生乳、代用乳)
   生乳や代用乳は牛が生涯摂取する飼料の中でもっとも効率の良い飼料として知られています。その理由は固形飼料ではないため消化液や消化酵素で細かくする必要がなく、さらにその成分は良質なたんぱく質やアミノ酸、最もエネルギーとして利用しやすい糖が多量に含まれているためです。この栄養分はルーメンに入ってしまうと微生物の影響を受け分解されてしまうため、牛は食道第二胃溝反射を起こしてルーメンには流し込まないようにします。ですから乳はルーメンの発達には全く関与していないことになります。

◎スターター(人工乳)
   子牛が出生して乳の次に摂取するものがスターター(人工乳と言うと代用乳との区別が付きづらいのであえてスターターと言わせてもらいます。)です。スターターは哺乳子牛用の配合飼料です。出生した直後の子牛のルーメンは無菌です。無菌の状態ではスターターを消化できません。では、その細菌がどこから来るのでしょうか?それは牛舎内の母牛や他の牛が飛ばす唾液の飛沫や微生物が含まれたエアロゾル粒子だと言われています。また、敷料、初乳、スターター自身にも微生物が付着しており、これらがルーメンに定着しルーメン微生物となります。出生後ただちに少数の微生物が出現し、二日後にはほぼ成牛と同じ密度の細菌数まで増殖するそうです(ちなみにルーメンの内容物1gに100億個の菌)。
スターターには麦やコーンのデンプン質が含まれています。これらがルーメン内の微生物の影響をうけて揮発性脂肪酸(VFA)に変化します。このVFAこそがルーメンの絨毛を成長させる物質です。主なVFAは酢酸、酪酸、プロピオン酸ですが、このうち絨毛を成長させる作用は酪酸>プロピオン酸>酢酸の順に弱くなっていきます。酪酸、プロピオン酸はデンプン質が分解されたときにできるのでスターターは牛にとって極めて重要な飼料と言えます。忘れてはいけないのがスターターを消化するのには水は不可欠です。ただし、水が一胃ではなく四胃に入ってしまっては、乳の消化に悪影響を与えるので哺乳直後に与えるのは禁物です。特にバケツ哺乳の場合は牛の胃がミルクと勘違いして四胃に送り込む恐れがあるので哺乳後最低30分は開けてから水のバケツを置くようにしてください。

◎乾草
   乾草の主な栄養源は線維分です。線維分はデンプンよりも分解に時間がかかり、分解されてできるVFAも7割が酢酸のため、絨毛を伸ばすという意味ではスターターほど影響はありません。ですから乾草は離乳した後の給与でも良いのではないかという意見も有ります。しかし一方で乾草が給与されないとルーメン壁に飼料が付着したり、ルーメン内に毛玉が溜まったりするとの報告も有ります。ですからブラッシング材として給与するのがよいとされています。またスターターは配合飼料であるため多給するとルーメンアシドーシスの原因にもなります。ですから反芻を誘発するための物理刺激としての乾草給与はやはり重要であると考えます。ただ、消化は非常に悪い為十分な哺乳をさせないで乾草を与えると、空腹に耐えかねた子牛が多量に乾草を食するため消化できず、四胃に溜まり乳の消化に影響をきたす場合があります。ですから哺乳期中は数センチに切断した良質な乾草を適度に(概ね100~200g程度)を与えるのが良いとされています。


このように哺乳期からの飼料の給与の仕方がルーメンの発達に大きく関与し、このルーメンの発達こそが今後の牛の一生を決めると言っても過言ではありません。

今月もお付き合いありがとうございました。

by とある獣医師

2015-1-5 | Leave a Comment

2024 菅原道北削蹄所|北北海道を幅広くエリアカバーする牛削蹄所です . | Blue Weed by Blog Oh! Blog