8月です。ここ道北のオホーツク海側にしては異常な蒸し暑さが続いています。今年は暑い夏になるとアメリカ航空宇宙局(NASA)が発表したそうです。数年続いていたエルニーニョ現象が終息してラニーニャ現象が起きているそうです。ペルー沖の海水温が上がるのがエルニーニョ、下がるのがラニーニャだそうですが、ペルー沖の温度がなぜ日本に影響するのかは私には理解できませんが、暑い夏は個人的には大歓迎です。牛さんにはちょっと過酷かもし得ませんが、宗谷の暑さはそんなには長くは続かないはず。少しの間だけ我慢していただきましょう。それでは本題です。
数回にわたりSARA(亜急性ルーメンアシドーシス)が起こす病気について書いてきました。前回まではSARAが直接起こす病気についてお話ししましたが、他にもルーメン微生物が死滅することで発生しやすくなる病気もあります。今月からはそちらをお話ししていきます。
◎乳房炎
皆さんもご存じだとは思いますが、乳房炎は通常は乳頭口から細菌が侵入することにより乳房内で細菌が増殖し、乳房に炎症を起こす病気ですが、SARAの場合には別の要因で乳房炎が起こります。SARAによって過剰に作られた乳酸で酸性化したルーメン内では多数の微生物が死滅していきます。その死滅する微生物の中には大腸菌の仲間もたくさんいます。この大腸菌の仲間が持っている毒素をエンドトキシンと言います。死ぬ(エンド)と出る毒(トキシン)なのでエンドトキシンと呼ばれています。酪農家の方なら大腸菌の乳房炎は少なくとも一度は経験しているでしょうから、その毒素の強さはご存知でしょう。そのエンドトキシンはルーメンを出て、腸から吸収され血液に乗ります。エンドトキシンの毒性は末梢の血管に血栓(血の塊)を作ることによって血液を遮断することにあります。血液を遮断された臓器は栄養を得ることができなくなり、正常な働きをすることができなくなり部分的に壊死(えし)します。もちろんエンドトキシンは血液に乗り全身にめぐるので様々な臓器に影響を与えますが、乳房炎に関与する臓器は乳房と肝臓になります。
1.乳房への影響
エンドトキシンは乳房へ流れ、牛乳を作る乳腺細胞を破壊することで、牛乳中の体細胞の上昇を起こします。壊死した乳腺細胞では正常な牛乳を作ることができないため、体細胞が上昇してしまうのです。もし細菌検査をしても細菌が検出されないような場合は、SARAによる乳房炎の可能性があります。
2.肝臓への影響
もう一つはエンドトキシンが肝臓の細胞を破壊することで免疫機能が低下するために乳房の細菌感染を防御できなくなる場合です。肝膿瘍のところでもお話ししましたが、肝臓には大きく3つの役割があります。一つは代謝(摂取した栄養を体で利用できるようにする)、二つ目は胆汁(脂肪やたんぱく質の消化に関わる消化液)の排出、そして三つめは解毒になります。ウイルスや細菌の毒素、体内でできたアンモニアや摂取した毒物を無毒化することを解毒と言いますが、その役割を担っているのが肝臓です。また様々な免疫に関わるたんぱく質を作っているのも肝臓ですから肝機能が低下すると侵入してきたバイ菌に抵抗することができなくなり、乳房炎のリスクが高まります。もちろん乳房炎だけではなくあらゆる感染症に弱くなるため、肺炎に罹る牛も増えます。
さらに肝臓へのエンドトキシンの流入は肝臓の他の役割でもある代謝の低下や胆汁の排出の低下も招き、最終的には牛は栄養失調に陥ることでさらに病状は悪化していきます。
SARAの状態はルーメンで常にエンドトキシンがつくられ、それが体に吸収され続けるということですから、慢性の大腸菌性入乳房炎が起きているのと同じ状況です。絶対に避けるべき飼養管理だと思います。今月は以上です。
お付き合いありがとうございました。
byとある獣医師