とある獣医師の独り言26

まず始めに先月のコラムに間違えがありました。
コラムの31行目の、『・・・好中球やキラーT細胞を増やすように支持を出した場合が液性免疫です。・・・』の液性免疫は細胞性免疫の間違えです。申し訳ありません。

新年度が始まりました。もう冬も終わりですかね。今年も昨年に続き雪が少なく春が早いような気がします。この宗谷地方でも草地の雪が完全に溶け、心なしか草が緑色をなしてきたような気がします。早く暖かくなってほしいですね。
さて先月に引き続き乾乳期の栄養と出生子牛の関係で今回は初乳です。

乾乳期の栄養と出生子牛の関係
③初乳
初乳には様々な子牛の生育に必要な物質が含まれています。

◎移行抗体
初乳摂取の一番の大きな役割は移行抗体の獲得です。では移行抗体とは何でしょうか?抗体とは先月お話ししたように細菌やウイルス(抗原)が体に侵入した時に、マクロファージとT細胞がB細胞に作らせる免疫物質です。抗原が二度目の侵入した時に、抗体は抗原に目印として付着します。そうすると白血球が抗原を発見しやすくするなり捕食しやすくなるわけです。やみくもに捕食するよりも効率が良いと言う事ですね。この抗体が胎盤を介して子牛に移行すれば子牛は出生直後から感染に対して強く生まれてくるはずです。しかし牛の胎盤は人とは異なり抗体を含めた分子量の大きなタンパク質は通る事が出来ない構造になっています。そのため牛は初乳に抗体を入れて子牛に摂取させるような仕組みを取りました。ですから新生子牛は初乳を摂取することによってはじめて免疫力を獲得することができるわけです。ただしタンパク質は通常は分解されて吸収されますが、抗体は分解されては意味がありません。そこで新生子牛の小腸の細胞は呑込み作用(ピノサイトーシス)と言われる作用で抗体を丸呑みして吸収し、血液などに乗せて全身に届けます。ただしこの吸収作用は出生後6時間までがピークで24時間以降はほぼ無くなると言われています。この作用によって得られた抗体は子牛が自分で抗体を産生できるようになる2週間までの間、液性免疫の主体を担います。初乳に十分な量の抗体が入っていなかったり、何らかの理由によって十分な量の初乳を飲めなかった場合には免疫移行不全となり、死亡率が2倍以上になるとも報告されています。

◎白血球      
初乳にはマクロファージ、リンパ球などの母牛由来の白血球も含まれており、これも抗体同様子牛の消化管で消化されることなく血液中に入り、初期の細胞性免疫を増強する役割を持っています。また、マクロファージは腸管の粘液を刺激して液性免疫を活性化させる役割を持っています。

◎非特異的抗菌物質 
初乳にはラクトフェリンやリゾチームなどの広く抗菌作用を示す物質を含んでいます。ラクトフェリンは鉄を吸収することで細菌・ウイルスの発育を阻害し、腸内細菌のバランスを整える働きがあります。リゾチームは涙にも含まれる抗菌物質で細菌の細胞壁を融解することにより抗菌作用を示します。
 
その他にも出生後の子牛のタンパク源になるアルブミン、エネルギー源である脂肪・乳糖、またビタミンやミネラルも常乳の数倍から数十倍も含まれています。さらにはT細胞を活性化させる細胞間伝達物質の一つであるサイトカインや腸内細菌の栄養源であるオリゴ糖も含まれており、良質な初乳を適切な量を適切な時間に摂取することが感染に強い子牛を作る上で一番大事だと思います。 
初乳は分娩の一カ月前より乳腺で作られ始めると言われています。ですから乾乳期の母牛の栄養障害はこの面からみてもマイナスであることは間違えありません。

3回にわたり乾乳期の栄養と出生子牛の関係をお話ししてきました。
人の世界では『胎児期に低栄養状態であることが成人期に心血管障害のリスク因子になる』とする『バーカーの仮設』と言うのが最近支持されているようです。これは胎児の時期に栄養状態が悪いと成人になった時にいわゆる成人病になるリスクが高くなるというものです。これは人にのみ当てはまるわけではなく牛にも当てはまる可能性は高いと最近注目されてきています。乾乳期に母牛の栄養が不足すると、胎児の成長に悪影響を及ぼし、胎児の胸腺の形成不全による子牛虚弱症候群を引き起こし、出生してからも初乳の質の低下などから免疫移行不全となり虚弱な子牛が出来上がると言うわけです。この子牛は成牛になっても泌乳能力の低い牛や受胎率の悪い牛となり経営の為に長くは生きられないと言う事です。
どうですか?母牛の一年間の泌乳に係るのみならず、二年後の牧場の未来を担う胎児の為にも乾乳期の栄養管理をもう一度考えてみませんか?

今月もありがとうございました。

byとある獣医師

とある獣医師の独り言26」への1件のフィードバック

  1. 匿名

    今月も大変熱心な内容で勉強になりました。
    有難うございます

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