冬ですね…。これから日は短くなるし、寒さは厳しくなるし、雪は積もってくるし、いやなことばっかり考えてしまいます。これから先の楽しみは忘年会ぐらいしかないですかね(笑)。
今月は牛の消化のまとめです。牛はルーメン発酵で生命を維持している事は何度もお話してきましたが、発酵とはそもそも何でしょうか?一般に肉や野菜、穀物などの有機物は死滅すると微生物の影響を受けて分解・転換されます。この産生物が人にとって都合が良ければ“発酵”と都合が悪い場合は“腐敗”と言われます。つまり発酵と腐敗は同じ事が起こっているわけです。具体的に発酵によってできるものは、ビール・ウイスキー・ワインなどの代表されるアルコールが生成される発酵や、醤油・味噌・キムチ・チーズなどアミノ酸(うまみ成分)が生成される発酵、ヨーグルトなど酸が生成される発酵など多種多様に存在します。人は太古の昔から試行錯誤重ね、微生物の助けを借りて発酵させる事のより食料の長期保存を実現させてきたのです。同じように発酵は酪農の分野でもサイレージとして活用されています。サイレージとは植物を刈り取り低酸素状態で保存することで、植物が元から持っている乳酸菌が発酵を起こしpHを下げることにより、タンパク分解菌などの腐敗菌の増殖を防ぎ長期保存を可能にしたものです。このように酪農は発酵とともにあると言っても過言ではありません。
そしてさらにこの発酵の究極な形が“ルーメン発酵”だと言えるかもしれません。その理由としてすべての発酵がルーメンという限局された場所で起こり、その生成物はすべてルーメンの持ち主である牛が利用できるようになっているからです。ルーメン発酵の最終産物は揮発性脂肪酸(VFA)でこれが牛のエネルギー源である事は何度もお話してきました。牛はVFAで全体の7割のエネルギーを得ていると言われています。馬やブタはルーメンを持たない代わりに大腸で発酵しています。そこで生成されたVFAはそれぞれ5割と2割程度の生命維持エネルギーとなり、不足分は人と同じように小腸からのブドウの吸収に頼っています。それを考えると牛はいかにルーメン発に頼っているかが分かると思います。表1に解剖データによる動物別の発酵が可能な消化管の容積の割合を載せてみました。
これをみると牛や羊などの反芻獣がいかにルーメンに依存しているかが一目瞭然です。さらに発酵によって増殖した微生物は小腸に流れ込み重要なタンパク源になります。一方馬やブタでは大腸で発酵するため増殖した微生物は糞として排泄されるだけのため、無駄でしかありません。この事を考えてもやはりルーメン発酵は究極の発酵システムと言えると思います。またウサギやモルモットも盲腸で発酵させることによりVFAを利用しますがその割合は5割程度に過ぎません。他は小腸からの吸収ももちろんありますが、食糞する事によって貴重な栄養源を再利用します。通常はころころの糞をしますがときどきねっとりとした盲腸便と言われる糞をします。これをもう一度食べることによって無駄をなくしているわけです。立派なリサイクルですね。ただし、お尻から直接食べるのであまり見たことがないとは思いますが。ちょっとした余談でした。
これまで数回にわたって牛の消化とくにルーメンに重きを置いてお話ししてきました。線維不足や穀類の多給によって引き起こされるルーメンアシドーシスは発酵ではなく腐敗です。ルーメンが腐敗していてはエネルギー不足になるのはもちろん様々な感染症を起こしさらには突然死を引き起こすリスクも高まります。乳量を追うために穀類を多給することは牛に腐ったご飯を与えるのと同じ事です。人は腐ったものは決して口にはしないはずです。冒頭に発酵と腐敗を決めるのは人の都合だと言いましたが、せめてルーメンの発酵くらいは人の都合で決めるのではなく牛の都合できめてあげたいものですね。
今月もお付き合いありがとうございました。
byとある獣医師