人間を含めた多くの動物と牛を含めたいわゆる反芻獣とは消化の機能が大きく異なります。非常に大雑把に言わせてもらうと、人は歯で食べ物を噛み砕いてから、胃で消化液の影響を受けてさらに細かくして、小腸で吸収されます。一方牛は歯で噛み砕くまでは同じですが、食べ物そのものから直接栄養を吸収することは非常に少なく、一胃に代表される前胃の微生物を利用した消化が行われます。昔から言われる『牛飼いは虫飼い』とはうまい表現だと思います。一胃の状態が悪化は乳量の維持どころか牛の生命維持すら難しくなってくるわけです。今月からはこの反芻獣だけが持つ素晴らしい消化システムをいろんな側面からできるだけわかりやすくお話ししていこうと思いますので、お付き合いをよろしくお願いします。
生物が自分の体を成長させ維持していくためには、食物を食べて消化をし、栄養を吸収することが必要です。吸収するためには食べた物をできるだけ小さくして吸収しやすくする必要があります。それが消化です。一般に消化は機械的消化と化学的消化に分けられます。機械的消化は咀嚼(そしゃく、噛む事)や蠕動(ぜんどう、消化管を動かして食べ物を後に運ぶ事)など機械的に食べ物を小さくすることです。一方化学的消化は胃酸による融解やアミラーゼやペプシーノゲンに代表される消化酵素による分解によって化学的に食べ物を小さくすることです。
牛を代表とする反芻獣の消化管の特徴としては先ほども述べましたが、人の胃に相当する四胃の前に3つの前胃が存在することです。前胃である一胃や二胃には微生物が無数に存在し、これらの微生物は飼料を分解する酵素を作り、飼料を分解します。(三胃にも微生物が存在しますが胃壁が襞(ひだ)状になっていて、その襞ですりつぶす機械的意義が強いとされています。)つまり、一胃、二胃では消化酵素は出ていませんが、ルーメン微生物によって四胃と同様に化学的分解が行われているわけです。このルーメン微生物による化学的分解はルーメン発酵と言われます。ルーメン発酵の結果として微生物は増殖し、増えた微生物は四胃以下で消化、吸収されて牛の貴重なタンパク源となります。またルーメン発酵によって揮発性脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、酢酸など)を代表とする発酵生成物をルーメン内に放出し、牛はそれをルーメン表面の絨毛を介して吸収して自らの栄養源とするのです。要するに、牛のタンパク源はルーメン微生物の体タンパク、牛のエネルギー源はルーメン発酵の発酵生成物なのです。このようにルーメン微生物無しでは牛は飼料を利用できない生き物なのです。微生物だけであの大きな体を維持しているなんてすごい生き物ですよね。
次回はその微生物についてもう少し掘り下げていきます。